賃貸物件を管理していると、大家都合による退去を入居者にお願いしなければならないことがあります。倒壊の可能性がある場合などをのぞき、大家都合での立ち退きは法的には正当事由として認められていません。しかし実際は、騒音や規約違反などの問題を起こす入居者には退去してもらう場合があります。
このような大家都合による退去をお願いする際に、どのような点に注意すれば良いでしょうか。
立ち退き料の相場や交渉するときのポイント、実際にあった判例について解説します。本記事を読んで、スムーズな立ち退き交渉の参考にしてください。
大家都合による退去費用の相場
大家都合による退去費用の相場は、家賃6か月~1年分程度が一般的でしょう。
立ち退き料に明確な決まりはありませんが、次の物件への引越し費用や新居の初期費用などを考えたときに、妥当な金額ということで、家賃6か月~1年分程度が相場となっています。
立ち退き料の内訳
それでは、大家都合による立ち退き料の内訳はどうなっているのでしょうか。
立ち退き料の内訳を3つ紹介していきます。
新居の契約にかかる費用
新しい部屋を借りるときには、契約の初期費用がかかります。
例えば、家賃80,000円、敷金2ヶ月分、礼金1ヶ月分で月のはじめに入居する場合のお見積りは下記の通りです。
前家賃 | 80,000円 |
敷金 | 160,000円 |
礼金 | 80,000円 |
仲介手数料 | 44,000円(税込) |
保証料 | 80,000円(賃料の100%) |
24時間サポート料 | 2,000円 |
火災保険料 | 20,000円 |
抗菌・消毒費用 | 20,000円 |
鍵交換費用 | 15,000円 |
消化器費用 | 25,000円 |
入居費用合計 | 526,000円 |
契約内容や物件によっても異なりますが、初期費用はこれくらいかかるのが一般的です。(保証料は賃料の50~100%と幅があります。)
引越し費用
引越し費用は、おもに以下の項目で費用が変わってきます。
- 荷物の量
- 引越し先までの距離
- 引越し時期
- 世帯人数
- 平日or土日祝日
引越し業者が最も忙しいのは2~4月の土日祝日で、引越し費用も高くなります。立ち退き料を少しでも抑えたいのなら、繁忙期を避けた方が良いです。
慰謝料・迷惑料
法的には大家が慰謝料・迷惑料を支払う義務はなく、あくまで任意のものとなります。
大家都合によって引越しをする入居者からすれば、自己都合ではない引越しはストレスがかかるもの。入居者側からすると多少の慰謝料・迷惑料があることで、立ち退きにも前向きになりやすいです。
慰謝料・迷惑料は初期費用や引越し費用とは違い、相場金額を明示することが難しいものです。どのように決めれば良いのか判断がつかないときは、弁護士へ相談しながら決めていくのが良いでしょう。
立ち退き料に法律的な定めはない
立ち退き料の家賃6カ月~1年分程度というのは相場であり、法律的な定めや義務はありません。場合によっては、立ち退き料を支払わずに立ち退いてもらうこともあります。
ただし入居者は、大家の物件や街が気に入って住んでいるので、大家都合による引越しに対して前向きになれない場合も考えられます。
入居者に少しでも気持ちよく引越ししてもらえるために、法的な定めはなくとも立ち退き料を支払うケースが一般的です。
立ち退きによる退去の流れ
入居者に立ち退きを通知する
まずは、入居者に立ち退きの通知を行います。
大家から入居者へ立ち退きを求める場合、借地借家法により契約更新日より半年前~1年前を目安に契約を更新しない旨を伝えます。
通知する方法は、書面でも口頭でもどちらでも構いません。(言った言わないのトラブルにならないように口頭の場合は録音するのもオススメです。)
立ち退きの経緯や理由、入居してくれていることへの感謝などを伝えると、大家の誠実さが伝わりやすくなるでしょう。
立ち退きの条件交渉
立ち退き料の相場は、家賃6か月~1年分程度が一般的です。
ただし、立ち退き料が不要なケースもあれば、逆にもっとかかるケースもあります。
入居者としては立ち退くことに積極的になれないこともありますので、入居者に寄り添いながら条件の交渉をしていく必要があります。
お互い気持ち良く契約を終えるために、どうしたら良いのかを考えて、話し合いをしていきましょう。
次の章で、立ち退き交渉のポイントについても解説します。
退去
入居者との条件交渉がまとまったら、退去のステップへと移ります。
いつまでに退去するのか期日を明確にしておきましょう。
まれに、退去する予定だった入居者が退去しない事態になることもあり、そうなるとトラブルに発展するおそれがあります。
事前にトラブルを回避するためにも、書面で残しておくことをオススメします。
立ち退き料交渉5つのポイント
立ち退きの期間を設ける
大家の都合により退去をするのは、入居者はストレスに感じることがあります。
例えば、突然に3カ月後までに退去してほしいと言われたとしても納得できる入居者は少ないでしょう。
契約更新しない場合は、借地借家法にもとづき契約更新日より半年前~1年前を目安に契約を更新しない旨を入居者に伝える必要があります。
退去までに半年~1年あれば、ある程度の余裕をもって入居者も引越しの準備ができるというものです。
なるべく入居者のストレスを減らすように心がけましょう。
入居者が納得する理由を説明する
入居者が納得する理由を説明することも、交渉の大事なポイントです。
立ち退きをするにあたって、正当な理由がなければ入居者としてもなかなか納得しづらいものがあります。そうなると、立ち退きを拒否するケースもでてくるかもしれません。
例えば、「建物の老朽化が進み、住み続けるとリスクがある」など、正当な理由をしっかりと説明して納得してもらえるようにしましょう。
立ち退き料を具体的に提示する
立ち退き料は具体的にいくらかかるのかを提示すると、入居者もわかりやすいでしょう。
入居者としても立ち退きに納得した後は、現実的に金銭面はどうするのかが気になるところです。立ち退き料の内訳である新居の契約にかかる費用や引越し費用、慰謝料・迷惑料など、相手に合わせた金額を具体的に提示してあげるのが交渉のポイントです。
交渉の内容は書面に残す
立ち退き料の交渉をするときは、必ず交渉内容を書面に残すようにしましょう。
その場の口約束で交渉がまとまり、話を進めたとしても、書面に残していなければ「言った」「言わない」の不毛なトラブルに発展するおそれがあります。
交渉の内容で最低限、書面に残しておいた方が良い内容は以下の通りです。
- 立ち退き期日
- 立ち退き料
- 期日を過ぎても居座った場合の対処方法
- 敷金の返還明示
事前にトラブルを回避するためにも、交渉の内容は書面に残しておくことをおすすめします。
専門家に交渉を依頼する
立ち退き交渉は場合によってはトラブルに発展するおそれがあるので、最初から専門家に依頼するのがおすすめです。
専門家に依頼するとその分費用がかかりますが、交渉にかかる時間や負担を大きく減らすことができます。
大家の都合で退去をお願いするのは、大変な労力となります。立ち退き交渉の経験が浅い大家や不動産屋が交渉を行うよりは、弁護士などの専門家に代理で行ってもらった方がスムーズに進むでしょう。
立ち退きに関する判例
大家都合による立ち退きは、スムーズに進む事例だけではありません。
退去をしてほしい大家の事情と、どうしても退去ができない入居者の事情が交わらずにトラブルに発展することもあります。
この章では、過去にあった立ち退きに関する判例を2つ紹介します
賃貸住宅の立ち退き事例(平成28年7月14日東京地裁判決)
賃貸住宅の立ち退き事例で、平成28年7月14日東京地方裁判所判決の事例があります。
貸主は85歳と高齢で介護の必要があり、長男夫婦と同居することになりました。賃貸で貸している建物を自身が使用する必要があると主張して、入居者に退去を依頼。
ただし入居者は、がんの治療中で引越しをすることに大きな負担があることや近隣の同程度の物件は家賃が高くなることから、高額な立ち退き料を請求することに。
結果として裁判所は、引越し費用と家賃2年分あわせて200万円を立ち退き料として認め、入居者は立ち退くことになりました。
店舗運営している借主の事例(平成28年12月8日東京地裁判決)
こちらは立ち退きが認められなかった事例です。
貸主が建て替えの必要があると判断し、借主に立ち退き料9,727万9,920円の支払いを申し出て、立ち退きの交渉をします。
ただし借主は、店舗運営している事業が唯一の収入源であることと、建て替えが具体的に計画されているわけではないことなどを理由として退去しませんでした。
結果として、裁判でも立ち退きの正当事由として認められなかった事例です。
立ち退き料を支払わなくて良いケース
これまで立ち退き料を支払うケースの話をしてきましたが、そもそも立ち退き料を支払わなくて良いケースもあります。
どういった場合に立ち退き料を支払わなくても良いのでしょうか。それぞれ見ていきましょう。
入居者の契約違反があった場合
入居者の悪質な契約違反や違法行為があった場合、大家は立ち退き料を支払う必要はありません。
そもそも立ち退き交渉は契約違反にならないように行うもので、入居者が契約違反をしている場合は、それを正当事由として退去の請求をすることができます。
契約内容によっても違反内容は異なりますが、入居者の契約違反として認められるものは以下の通りです。
- 家賃の滞納
- ペット飼育不可物件なのに、ペットを黙って飼育している
- 大家の許可なく勝手に改築やリフォームをしている
- 契約時とは異なった用途で使用している
- 騒音や規約違反などで何度注意しても改善しない
入居者の契約違反や違法行為があった場合は、立ち退き料を支払わずに出ていってもらうことができます。
(滞納だけで支払う意思がある場合は法的に正当な事由にはなりません。)
定期借家契約の期間が満了した場合
定期借家契約で契約すると期間満了となった場合、契約は更新されずにそのまま退去となるので立ち退き料を支払わなくて済みます。
そのため、築年数が経っている古いアパートやマンションで将来的には解体することを検討している場合は、入居契約を最初から定期借家契約で締結する方法をとっているケースもあります。
普通借家契約を締結していて入居者が更新を望んでいる場合、大家に立ち退きの正当事由がなければ契約更新の拒絶ができないため、立ち退き交渉が必要となってくるのです。
大家自身が物件を使う場合
ケースバイケースになりますが、大家自身が物件を使う場合も立ち退き料の支払いは必要ありません。
例えば、県外に住んでいた大家が賃貸で貸している持ち家に戻ることになった場合などがそうです。持ち家に住むことを、大家には「自己使用の必要性がある」と認められて、立ち退きの正当な理由として判断される場合が多いです。
ただしケースバイケースなので話し合いの結果、立ち退き料を支払わなければならないこともあるということは覚えておきましょう。
競売で大家が変わった場合
賃借権が発生する前に抵当権設定がなされていれば、競売で大家が変わった場合の立ち退きについて、立ち退き料の支払いはしなくて大丈夫です。
競売は、裁判所主導で強制力があり、入居者が立ち退きを拒否してもその主張は通りません。裁判所の手続きによって行われ、法的な効力があるため、入居者は退去を求められたら決められた期日までに退去しなければならないのです。
そのため競売で物件を手にいれた場合は、入居者は退去せざるを得ないので、立ち退き料は必要ありません。
落札から退去までは6ヶ月の猶予が民法によって認められています。
まとめ
大家都合による退去費用の相場は、家賃6か月~1年分程度が一般的です。
あくまで相場ですので、立ち退き料が発生しないこともあれば、家賃1年分以上かかることもあります。立ち退き交渉で話がまとまらなければ、退去を求めても拒否されるケースもあるでしょう。
大家都合による退去をお願いするので、入居者に住んでくれている感謝の想いや立ち退きに対する謝罪の意を伝えることで、入居者にも思いが伝わります。
立ち退きを依頼するときは、入居者・大家ともに気持ち良く話が進むように、臨機応変に対応していく姿勢が大切です。